アントワーヌ・ベシャン博士の書籍「The Blood and its third Element(血液とその第三の解剖学的要素)」を第一章分だけ試訳します。
・凝血から分離、或いは血液を掻き混ぜて得られたフィブリンの性質について
・血液中のフィブリン
・フィブリン性微小発酵体
・フィブリンと過酸化水素水
・フィブリンの発酵
ゲイ-リュサックとテナールは、アルブミン、カゼイン、ゼラチンと同じ方法でフィブリンを分析した。テナールは、フィブリンは分離された動物質だと捉えた。シェヴルールは、フィブリンは動物の直接要素[※1]であり、過酸化水素水の発見後、肝臓を例とした有機体と同じく、フィブリンが酸素を分解して遊離させることを発見し、大いに驚いたと述べている。シェヴルールは、フィブリンがこの特性を持つ唯一の直接要素であるとさえ考えていた[1]。
1:Thénard, Traité elementaire de chemie, Vol.1 p.528. 6th Ed., 1834.
※1:Proximate Principle:分析で分離して分析可能な混合物
フィブリンの歴史におけるこの事実は重要である。
第一に、直接要素だとされるこの物質が、シェヴルールが有機体と呼んだ物質と同じ秩序にあることの重要な基軸になっているからだ。
第二に、生理学者や化学者には見向きもされなかったが、血液の第三の解剖学的要素の存在を確信させるものになったからだ。
私は、フィブリンが有機組織と同じ秩序を持つ物質であることを証明しようと考えていたわけではない。他の者と同じように、私はフィブリンを直接要素と考えていた。私は、フィブリンはただの凝固したアルブミンに過ぎないと主張する化学者達に対して、フィブリンには特異性があると捉えていたのだ[2]。
2:See Memoir, Essay sur les substances albuminoid. These de la Faculte de Medecine de Strasbourg, 1856.
フィブリンの本当の性質と血液の第三の解剖学的要素の発見に至るまでの予備段階
古代人は、全ての動物質・植物質が、腐敗や発酵過程で自然に変化することを好意的に捉えていた。18世紀には、化学者マッカーがこうした物質の変化の条件を確立した。水の存在、空気との接触、そして一定量の熱である。その後、1837年にカニャール・ド・ラ・トゥールが、ビール酵母を組織化された生物であり、発酵とは植生の影響だと捉えた時期、新たな構想を一般化しようとシュワンは、「自然に変化する有機物は存在しない」「変化とは組織だった生命体の存在、微小なクリプトグラム、ビブリオニエンス、つまり発酵体によって引き起こされる」ものであり、これはスパランザニルの古い仮説を呼び起こすものだが、その由来は空気中の細菌にあることを明示しようとしていた。
しかし、多くの重要な検証にもかかわらず、シュワンの見解は優勢ではなかった。変化が進行中の物質の中に生物が存在することは認められたが、物質の変化は、生物の由来が何であれ、その出現の前に発生するという見解を維持する者もいれば、カニャールの理論を支持しつつ、生物-発酵体-は自然発生の産物であると主張する者もいた。シュワンの見解と空気中の細菌の仮説は完全に棄却され、1884年には、水溶液中のサトウキビ糖でさえも、常温空気で自然に変化し、転化糖、或いはブドウ糖と呼称されるものに変化することが事実として認められた。
本当だろうか?サトウキビ糖の転化は、ビオが観察したように、強酸の影響下で生じる水和還元による化学反応の結果である。水を常温で時間経過させるだけで、それが可能なのだろうか?信用すべきものが知りたくなり、1854年から1887年まで続く実験を開始した。
最も重要な結果が幾つか得られた。その中には、シュワンが、スパランザニルに続く形で微生物の自然発生説への反証とした、空気中の細菌仮説を初めて実験的に検証したことが含まれている。
端的に、私は以下のことを実証した。
1) サトウキビ糖の水溶液が、次の2つの条件のいずれかの下で、常温で不変であること。
a) 空気の侵入から完全に保護されている
b) 接触する空気量を制限し、これに何等かの塩又は適量の(少量の)クレオソートを添加したもの、例えば 100cc あたり 1~2 滴。
2) 純水か、何等かの塩を加えたものでも、同量の空気と接触させた同じ溶液で、砂糖の転化の発生と同時に、隠花植物やカビなどを出現させたこと。
3) カビは、実際には必要なザイマス、或いは可溶性発酵体を分泌することで、転化の発酵体となる媒体であること。
4) カビなどの発生を妨げるクレオソートは、発達したカビが起こす転化の促進は妨げないこと。
そして、溶液中の水と砂糖自体がサトウキビ糖を転化させるそれら隠花植物はおろか、何かしら組織だったものも生物も生み出すことがないことは明白であり、これらの実験が空気中の細菌の存在に関する仮説を検証したものだという結論は避けられない[3]。
3:Annels de Chimie et de Physique, 3rd S. op. Vol. LIV, p.28 (1858).
サトウキビ糖は直接要素であり、この実験はマッカーの指定した条件下で不変の有機物が存在することも初めて実証したものだった。この実験を般化するには、サトウキビ糖に該当する事象が他のあらゆる直接要素、そしてアルブミンにも真実であることを証明する必要がある。アルブミンは、コリンが自然にアルコール発酵体に変化すると信じるほど容易に変化すると考えられているものである。[4]。
4: 1858年、パスツールは、空気中の発酵体である細菌の存在をほとんど信じていなかった。それは乳酸発酵体とビール酵母が、発酵性媒体であるアルブミノイドから自然発生すると譲らないほどだった。
しかし、直接要素の溶液や、サトウキビ糖の溶液のような幾つかアルブミン様物質を含む混合物の溶液がある。これらの溶液は、空気の接触を制限しても、極微量のクレオソートを添加することで保存され、故に組織化されたものは何も出現せず、発酵も腐敗も発生しない。
しかし、混合物の一部に、空気中の酸素によって直接酸化されるものがある場合、クレオソートは酸化を防ぐことはない。この重要な事実が、考えうる例で実験的に検証されてきたことも覚えておきたい。分離された直接要素の溶液、或はその混合物、そこにアルブミノイドがいようと、初めに適量(少量)のクレオソートを添加し、常温空気の接触を制限すれば、生物は何も出現せず、混合物に直接酸化可能な原理が含まれている場合を除いて不変である。
この種の実験において、クレオソートは微生物達の培地を一掃するか、或いは微生物達の成長を直接的に遅らせるかのいずれかで作用する。クレオソートで空気中の細菌から保護すると、直接要素に還元された有機物はマッカーの指定する条件下で不変であり、その後も持続したままである。
しかし、マッカーは直接要素を理解できていなかった。彼が触れたのは自然界の植物質・動物質のみであり、これはテナールが有機組織、シェブルールが有機体と呼称したものである。ただ、動物質の中からマッカーが実験に使用したものは彼が動物性乳剤と捉えていた牛乳であり、それ単体で変化するものだと唱えた。
暫く後、ドネ(顕微鏡写真の専門家)と大半の化学者達は、牛乳を乳糖とカゼイン、ミネラル塩の溶液にバターが溶解した乳剤だと見做すようになった。つまり、牛乳は直接要素の純粋な混合物だと考えられるようになった[5]。
5. [Evan Landois, in his Physiology (Eng. trans. by Stirling, 1889) makes this mistake. He makes no reference to its ferment—Trans.]
そうした混合物は、適切に防腐加工し、空気との接触を制限すれば永久に変化しないままのはずだ。しかし、そうでないことが判明した。牛乳は搾乳時に十分に防腐化し、空気との接触を遮断・制限すれば、通常は酸化も凝固もしない。クレオソートは、酸化と連続的な凝固形成を遅らせるだけである。
しかし、牛乳の凝固が空気と完全に接触した状態で生じた場合であれ、そしてクレオソート添加の有無に依らず、隠花植物の生成は見られないことが判明し、これはシュワンの実験から確認されるはずのことだった。しかし、酸化と凝固(乳の凝固の話はしない)は、変化の現象の第一段階にすぎない。続く第二段階では、クレオソートを添加しようと、ビブリオやバクテリアが常に出現することが特徴的であった。このように、牛乳は単純な直接要素の混合物のようには振舞わない。
これらの実験と観察は1858年以前のもので、1873年まで発表されていなかった[6]。これは大いに私を驚かせた。牛乳はそれまでの想定とは違っていた。そこに空気中の細菌の幇助なく変化できる有機物が存在し、そしてその有機物が自然に変化すると説いた点においてマッカーは正当であった。
6: C.R., Vol. LXXVI, p.654.
その後、防腐加工しようと、酸化と凝固の変化が生じた牛乳はその中にビブリオを出現させた。仮にこのビブリオが自然発生の賜物でなければ、その誕生は何がもたらしたのか?それは、この書の最後章で触れる石灰岩での実験と同時期に実施した実験であり、私がその発酵体としての機能と極小さから"微小発酵体"と命名した生きた組織産物の新分類を発見する切っ掛けの実験の中にある[7]。
7: C.R., Vol. LXⅢ, p.451(1866).
牛乳それ自体の微小発酵体が変化の媒体であり、その後の進化によってビブリオに変化するのだ。以上の成果と、予想外に重要であった地質学的発酵体と原生動物にいる解剖学的・生理学的発酵体との密接な関係性、そして同時に、組織化された発酵体の自然発生問題の否定的解決の切っ掛けとなった手法は、直接要素の一貫した不変性を実証し、注目されなかった空気中の細菌に関する古い仮説を検証したものとも同じものである。
これにより、血液凝固現象や、その他の自然な変化を解剖学的・生理学的に説明することが可能になった。この方法は、自発発生的であるはずのサトウキビ糖の転化に関する実験や、牛乳に生じた変化に関連する実験に由来し、微量の常温空気と接触した際にも、クレオソートがあらゆる生物の発生を阻止することで即時的要素の変化を完全に保護することを確認した実験で得た原則を目立たせた。一方で、同条件で同量投与しても、自然な動物質、組織、体液の変化は妨げず、剰えビブリオやバクテリアを誕生をさせた。
この実験の新手法が、直接要素のみで構成される有機物と、自然界の植物質・動物質(つまり適切に呼称する処の有機体)を区別したことに着眼することは重要である。
端的に、化学的意味における有機物と、牛乳のような解剖学的・生理学的意味での有機物の区別である。化学的文脈の有機物である前者、つまり直接要素を変化させる発酵体は空気中の細菌を起源としている。一方の後者、つまり自然界の有機物を変化させる発酵体は、その有機体自身の微小発酵体であり、解剖学的要素として内在している。
事実、自然に変化した牛乳にビブリオが発生する現象が微小発酵体の進化に起因するならば、個別の事実ではなく、全ての有機体に応用できる一般的な現象の一例と捉えるべきであり、従って有機体や体液、組織中にビブリオニエンスが発生する事実は、仮令顕微鏡で明らかにできずとも、この組織、或いは体液中に微小発酵体が存在する証拠と考えるべきである。
牛乳の自然変化現象を観察した研究に新たな調査法を適用した結果、あらゆる場合で上記の結果が得られることが実験で確認された。全ての組織と体液、全ての有機体の物質は、最高級から最低級まで、―例えばビール酵母や酢母のような―牛乳の中で発生する同様の条件の下、或は微小発酵体の進化が必要とされる場面でそうした環境条件が実現されれば、ビブリオニエンスが発生する可能性がある。
そして、そうした物質が自然に変化する現象が記録される場合、空気中の細菌から保護され、ビブリオニエンスの出現がみられない物質には微小発酵体が存在し、変化の媒体であると断言できるだろう。
以下は、有機体ととらえたフィブリンに手法を応用したものである。
フィブリンは直接要素ではなく、微小発酵体の偽膜であることの証明。フィブリンの中でバクテリアが発生
フィブリンは血液をホイッピングすると機械的に生じる。この点で有機体と考えられ、牛乳のようにビブリオへの進化に発展しうる微小発酵体を含むものと思われる。この実証の為、エストールと私は、石灰と筋肉の微小発酵体を証明した際の修正手法を適用した。
修正手法では、ジャガイモ浸出物[※]を用意し、それを長時間煮沸し、煮沸中にクレオソートを添加した。空気中の細菌の侵入から保護する為にクレオソート水に浸水させたジャガイモ浸出物に研究対象の固形物を導入した。
※参考リンク:真菌培養の基本的な組成はジャガイモとブドウ糖と抗菌薬
ジャガイモ浸出物
→菌を成育する為の培地、真菌が栄養とするデンプン質に富むジャガイモ浸出液(1L作成する場合)の作成法は、皮をむいたジャガイモ200gを蒸留水1Lで20分間煮沸後、ガーゼで沪過し、ジャガイモ浸出液を作成する。培地に使用されている浸出物は,作成された浸出液を乾燥させ、粉末にしたものである。
真菌類が発育するために必要な栄養素は①窒素源②炭素源である。ジャガイモ浸出物には炭素源であるデンプンが、窒素源としてアミノ酸・硫酸塩やアンモニアが、さらに真菌類の発育促進剤となるビタミンが豊富にふくまれる。
ジャガイモの成分としては100g中にはタンパク質1.6g、脂質0.1g、炭水化物17.6g、さらにビタミン類はビタミンB1、ビタミンB16、ナイアシン、葉酸、パントテン酸、ビタミンCが含まれている。
ジャガイモ中に含まれているデンプンは加熱により分解されやすいビタミンを保護することできるために、加熱によってもビタミン類は分解されない。ジャガイモデンプンは分子式(C6H10O5)の炭水化物(多糖類)で、多数のα-グルコース分子がグリコシド結合によって重合した天然高分子である。
実験は以下の通りである。
1:フィブリンを以下の条件下でホイッピングで得た
1-1:静脈切開した血液にクレオソートを添加し、同時にクレオソート水で煮沸消毒した金属線の束でホイッピング
1-2:フィブリンをクレオソート水で洗浄
2:クレオソートを添加したジャガイモ浸出物100gに、15gの新鮮に用意した体液のフィブリンを導入
3:フラスコを密封し、30°から40°Cに加熱したオーブンに入れる
浸出物は、筋肉組織でまさに生じたように徐々に液状化した。暫く後、混合物にバクテリアの存在が認められた。浸出物の液状化が、バクテリアの出現の前に常に観察された。
上記は現象の一般的な光景であるが、動物の種と年齢、採決部位によってその症状に差異が観測された。一般に若い動物のフィブリンは浸出物の中で崩壊し、バクテリアが成長する。浸出物の液状化の持続時間も多様である。牛乳を沸騰させると凝固することが知られているが、これは微小発酵体が沸騰温度では死滅しないことを意味する。石灰石の場合、浸出物の液状化を止める為には、200℃以上に加熱しなければならなかった。フィブリンの微小発酵体は100℃まで耐性がある。フィブリンを浸出物に漬ける前に蒸留水で数分煮沸した。この場合、液状化は更に遅延し、煮沸時間が長すぎると停止する。しかしバクテリアは関係なく出現する。そしてこのバクテリアは常に同じ形態学的特徴を有する。
実証を完了する為に追加事項がある。エストールは、酢母(目視可能な微小発酵体の植物膜の一種)の例と全く同じように、同じ条件下でフィブリンが乳酸を生成し、酪酸発酵を起こす事実を目撃した。この事実はこの後更に検討する。
以上は実験とその捕捉であり、ここからフィブリンは、牛乳、筋肉、肝臓組織等々のように、微小発酵体を内包し、従って同じく、空気中の細菌の幇助なしにバクテリアを発生させると結論付けられる。実験の条件下では、微小発酵体は血液からのみ生じうる。静脈切開した瞬間の血液そのものから発見する試みがなされた。これは繊細な調査であり、この書全体のテーマと関連する為、後にこの点に回帰することになる。
ホイッピングか凝血の洗浄で得たものであろうと(現時点でこの二つは事前準備が異なることが分かるだろう)、フィブリンは直接要素ではなく、しかし組成は膜か微小発酵体の線維である。端的に、化学的意味での有機物ではなく、解剖学的・生理学的意味での有機体である。しかし、これはフィブリンが微小発酵体を内包することを間接的に実証したものである。バクテリアは、フィブリンと浸出物の混合物の中で自然発生したものだと主張する者が未だいるだろう。何れにせよ、偽膜中にある微小発酵体間脈石のようなこの物質の性質や、微小発酵体との量的関係もまた不明瞭なままである。故に、これら微小発酵体を単離することが非常に望ましかった為、エストールと私は肝臓から単離することにした。
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