前書 & 前柱前書 1860年以来毎年、モンペリエ大学では医学部の医化学の講義が始まると、助手がA.ベシャン教授の行う講義の基本原則を掲示板に書いていた。この告知は、「Les Microzymas(微小発酵体)」に付されており、1860年の時点で言及した主題に関するベシャンの見解が既に固まっており、それを反証するものが何もなかったことが示されている。●化学は一つしかない。物質には化学・物理的活性だけが備わっている。●本質的に有機的な物質はなく、全ての物質は鉱物である。●有機物と呼ばれるものは、炭素を必須成分とする鉱物だけである。●化学的に明確な有機物は、組織化物とは深く区別される。●化学者は合成によって有機物を生み出すことはできるが、それを組織化...17May2022
翻訳者前書 1816年10月16日、(ドイツから割譲されたフランスの)バ=ラン県バッサンに一人の子供が産まれた。コペルニクス・ガリレオ・ニュートンらが各世紀にその名を刻むように、19世紀にその名が知られることになる。アントワーヌ・ベシャン、1816年生まれ、1908年4月15日死去。ベシャン教授と研究協力者らの残した研究と驚嘆すべき発見を内容に、数年に亘って文通をしていた米国の老医師が初の訪問をしてから14日後のことだった。老医師がパリを訪問したのはベシャン教授と個人的に親交を深める為であり、教授とそのご家族もまたこの訪問を心待ちにしていたという。 訳者は以前、自前の生理学的・生物学的発見を広範にまとめたものを教授に送り、教授の修正の後認めら...11May2022
導入と歴史 血液が凝固するという事実は、当然の如く自然発生的だと見做され、生理学者・医師・化学者によって説明の試行錯誤がされてきたが、満足な結果をもたらしていない。この説明への介入の詳細な歴史は、既知の仮説や体系の無意味さを示すだけだろう。これら全ての仮説の中で、ただ一つ注目に値するものがある。それは、まさに最近の研究者が検討も検証も怠っているものである。この仮説の構想の歴史は非常に興味深い。 有史以前から、流出した血液はすぐに赤く、一貫して多少の柔かさを持つ塊となることが知られており、この現象を同種の液体の凝固に準えて、"凝血"と呼んでいた。 ハラー[※1]が(ディドロ[※2]の百科事典「血液」の項目の捕捉にて)血球に関するレーウェンフック...01May2022